コラム

補助金総額9,000万円。東京都の「インキュベーション施設運営計画認定事業」について、中小企業診断士で新宿区立高田馬場創業支援センター施設長の田中健一朗さんにお聞きしました。(後編)


補助金の総額は1施設あたりで最大9,000万円。コワーキングスペースの運営にあたって、大変にインパクトのある東京都の補助金となります。今年で5年目となる、この東京都の「インキュベーション施設運営計画認定事業」の補助金の概要につきまして、運営側の事業者であれば知識としても情報を知っておきたいところです。

そこで、今回は、高田馬場創業支援センター施設長で中小企業診断士でもある田中健一朗さんに、東京都の「インキュベーション施設運営計画認定事業」について、補助金の概要が公表されましたのでお話を伺いました。

前編の続きとなります。
補助金総額9,000万円。東京都の「インキュベーション施設運営計画認定事業」について、中小企業診断士で新宿区立高田馬場創業支援センター施設長の田中健一朗さんにお聞きしました。(前編)

詳細な情報は、「東京都インキュベーション施設運営計画認定事業」の公式ページをご覧ください。
インキュベーション施設運営計画認定事業|中小企業支援|東京都産業労働局
インキュベーション施設運営計画認定事業の募集要項のPDF

田中健一朗さん
中小企業診断士で新宿区立高田馬場創業支援センター施設長の田中健一朗さん

申請にあたっては募集要項をしっかり確認しましょう

――一般向けインキュベーション施設、女性向けインキュベーション施設、地域密着型小規模シェアオフィスという3パターンの必須条件は事前に決めるのですか?

そのとおりです。申請時にどれで申請するかというのを決める必要があります。それぞれ要件が異なるので、詳細は募集要項をご確認ください。先ほど話した建物要件は一般向けインキュベーション施設に関するものです。

――前回までは女性向けインキュベーション施設はありましたが、地域密着型小規模シェアオフィスというのはなかったのではないでしょうか?

地域密着型小規模シェアオフィスは昨年度からスタートしました。女性向けインキュベーション施設はそれより以前からありましたね。

――女性向けインキュベーション施設は、主に女性又は子育て中の方(男性含む)とありますから、コンセプトによってはこちらを選択するのもいいですね。これには個室要件がないのですね。

その代わりに、託児スペースが必要になります。地域密着型小規模シェアオフィスは、実はかなりハードルが高いと考えています。まずは区市町村が「民間インキュベーション施設の整備支援方針」を東京都に提出し、それを東京都が認定します。「民間インキュベーション施設の整備支援方針」を提出した自治体で行う場合しか認められません。現時点でどの区市町村が「民間インキュベーション施設の整備支援方針」を出しているかというのは、公開されていないんですよ。公開されていないということはどこの区市町村も「民間インキュベーション施設の整備支援方針」を提出していない可能性もあります。

実際昨年度は1件も採択がありませんでした。申請は受け付けているけれども実際は誰も出せない状況だった可能性もあります。地域密着型小規模シェアオフィスは、個室が必要ないので一見すると敷居が低そうなんですが、当面は申請できる団体は極めて限られると予想しています。

――女性向けで託児施設を設けるというのは、完全にターゲットが絞られますね。コワーキングスペース業者でいくと、一般向けインキュベーション施設というのが一番ストレートそうですね。

とにかく必要な資料が多い!早めに着手されることをおすすめします

――この補助金を申請するにあたっての注意点や、書き方のポイントはありますか?

提出する書類はかなり多くなります。例えば不動産物件の登記書類まで添付が必要です。創業助成事業など創業関係の補助金の場合は、自分のことに関する書類だけで済みますが、この補助金は建物の情報なども集める必要があるので、資料集めに時間がかかることが予測されます。また施設のレイアウト図などの添付も必要です。そのため早めに着手されることをおすすめします。書き方としては基本的には募集要項をきちんと読んでいただいて、募集要項にのっとった形で書いていただければと思います。

ポイントとしては画像や写真、今までの実績などがあればふんだんに織り込み、分かりやすさを意識してまとめるのがいいでしょう。テキストだけで構成すると分かりにくくなるので、ホームページを作成するようなイメージを持つと良いかもしれません。既存のコワーキングスペース事業者さんだと、今までの利用者さんの何割がここで創業しましたという統計が取れると思います。そのような具体的な数字を載せると、先ほどお話した創業支援の実績という面でも効果的だと思います。ソフトの面で運営していくのにしっかりしているという「運営面の要件」と「施設面の要件」が適合していること、2つの方向で考える必要があります。

――建物に関して、旧耐震はどのような扱いですか?

適法建築物でなければ問題ないと思います。私の知る範囲では、旧耐震の建物でも認定を受けている施設もあります。気をつけなければならないのが、金額が大きいので補助金が否決された場合のインパクトも大きいということです。

補助金の交付が決定しても、否決される可能性もあるので注意が必要

――決まったにもかかわらず、否決されることがあるということですか?

はい。まず「あなたに補助金を出します」と決まるのが交付決定です。交付決定を受けた後に、実際に事業を行い、対象経費を支出します。その後にこの事業が完了したという報告書を作成し提出します。その書類が足りていない場合や、用途が補助金の対象外だった場合などには、対象経費の一部が否決される可能性もあるわけです。そのため、もらえると見込んでいたお金がもらえないリスクがあるということです。例えば、小規模事業者持続化補助金の場合、補助上限額が50万円です。50万円がもらえなくても、ダメージはありますが一般的に考えるとなんとかなる金額ですよね。それが本補助金は最大9,000万円なので、それが原因で運営に支障がでる可能性は大きいと思います。

――確かに、助成金を見越して銀行から融資を受けている場合も考えられますもんね。

はい、自己資金だけでできる方は限られると思いますので、金融機関からの融資は必要なケースは多いでしょうね。そのため、慎重にやって頂きたいと思います。

補助金が使える対象経費についてお話します。申請時点で申請書類に記載した金額の範囲に限られます。資金繰表を提出する必要があり、経費計上が不自然に多いとつじつまが合わなくなってくる可能性があるため、全体の整合性も考えておいた方がいいですね。使える費目は「整備・改修費」と「運営費」で異なります。「整備・改修費」に関しては、「工事費」「施工管理費」「建物・施設取得費」「工事期間中の不動産賃借料」「備品費」「広告費」になります。

「運営費」は、「人件費」「備品費」「備品等賃借料」「建物管理委託費」「広告費」「専門家報酬」です。各費目の詳細や何が対象で、何が対象外なのかは募集要項をご確認ください。

――4ヵ月前に物件を決定しておく必要があるんですよね。建物の取得が補助金の対象となるには、どのようなケースが考えられるんですか?

4ヵ月前に交渉を始めていて、その時点でこの人に売る予定がありますということを証明できればいいのかなと思います。今回の補助金で建物を購入するというイメージは私自身ありませんが、可能性としては十分あることなのかなと。事前に予定しておいて、補助対象期間に売買契約が完了して購入されればいいわけです。土地まで取得するケースもあるかもしれませんが、土地に関しては補助対象にはなりません。対象となるのは建物と施設のみです。中古物件も対象になります。

田中健一朗さん
新宿区立高田馬場創業支援センター内で、インタビューに応える田中健一朗さん(写真左)

大変ですが、チャレンジする価値はあると思います

――人件費が含まれるのは大きいですね。賃料もOKなんですか?

賃料は「整備・改修費」の工事期間中だけが補助の対象です。営業を開始している「運営費」対象の期間は家賃は対象になりません。なぜかというと、事業としては物件を仕入れて売っているわけで、賃料はその仕入れ部分に該当しているわけです。ただし、工事期間中の賃料は営業していないため、「整備・改修費」として補助の対象となります。

補助金をもらうための書類作成が結構大変なので採択されたあとに苦労することもあります。人件費では、労働条件通知書や出勤簿、振り込みの履歴などを細かく提出する必要があります。備品費の場合は、見積書、発注書、納品書、請求書、支払い証明書、現物の画像、仕様書とこちらも結構な量が必要です。私の経験では、申請書と報告書2年分を合わせると厚さがノートパソコン1台の横幅を超えるくらいの書類の量になります。

――提出する書類も多く大変ですが、そこまでしてでも申請する価値はありますよね。

そうですね。最大9,000万円ですから、この補助金を受けられるということで、コワーキングスペース事業のルールが変わるくらいのインパクトがあります。大変ですが、申請できそうならチャレンジする価値はあると思います。

今年は申請できなくても、こういう制度があるということを知っていてほしい

――予約の受付期間は5月31日までとなっています。

そうですね。ただ、この補助金は今年で終了することはないかなと思っています。断定はできないですが、おそらく来年以降も続くと思います。申請するためにはかなり準備に時間がかかると思いますので、今年度の提出に間に合わない場合には、まずはこういう制度があるということを知っておいて来年に向けて準備をするという考え方の方がいいかと思いますね。高田馬場創業支援センターとしても、こんな補助金があるということを知っておいていただきたいという趣旨で今回お話させていただきました。

――ここまでの金額でなかったとしても、このような補助金は、各市区町村、または各都道府県にあるものなのでしょうか?

この補助金は東京都のものですが、都は予算があるのだと思いますね、ここまでの規模のものは私も他で見たことがありません。地方では「移住して更に創業したら300万円」というようなものはよく見かけますが、インキュベーション施設を作ることに特化した補助金というのは珍しいと思います。

都内では東京都や東京都中小企業振興公社が運営しているインキュベーション施設がどんどんクローズしていっています。その代わりに民間の施設で同等の機能を出せるようにしていこうというのが、この補助金の趣旨なのかなと感じています。

――クローズしていっているのはなぜですか?政府ではなく民間がやっていった方がいいということでしょうか?

そういう考え方なんでしょうね。

認定されることで信用アップ、利用者さんのメリットにつながる

――例えばですが、一般社団法人コワーキングスペース協会でも申請できるということなんですね。

はい。これに認定されることは、補助金以外にもメリットがあります。コワーキングスペースやシェアオフィス、バーチャルオフィスなどで創業していた場合、口座がつくれなかったり、融資が断られることがいまだにあるようです。この制度でインキュベーション施設として認定されると、金融機関の判断にはなりますが、その判断が変わることもあり、それは利用者さんにとって信用付与になりますし、利便性アップになります。補助金をもらうかどうかは、その企業の事業への取り組み方や考え方があると思いますが、コワーキングスペースというと、少しギルド的なところがありますよね。100人の利用者さんに集まってもらうことによってお金が集まって、そのことで一人ひとりでは買えないような複合機を置くことができ、それをみんなでシェアしている。言ってみれば、「利用者のみなさんから預かっているお金で、みんながよくなるような仕事」を私たちはしているわけです。

それぞれの運営者の方の考え方やポリシーもありますが、この補助金を得ることで、「利用者から預かっている1万円の価値を3万円にすることができる」とも言えます。利用者の方に対して、よりよいサービスを提供するために申請するというのもいいのではないでしょうか。

問い合わせる際は、心象も大切です

頑張ってチャレンジする価値があるだけの金額ですので、条件に当てはまる企業さんには、こういう情報があるということを知っておいていただきたいです。不明点があった場合などの問い合わせ窓口は、認定については東京都の産業産業労働局商工部創業支援課、補助金については東京都中小企業振興公社事業戦略部創業支援課となっています。問い合わせる際の心象はとても重要だと私は思っています。電話での問い合わせなら、きちんと名乗った上で募集要項に書いてあるような基本的なことを質問するのではなく、本当にわからないことを質問した方がいいですね。

――お話を伺うと、個人レベルの会社の場合はちょっと厳しいですね。ある程度の規模感が必要かと思います。

そうですね。ある程度組織で対応できる必要があると思います。

――一般財団法人コワーキングスペース協会でも、このような情報の提供も頑張っていきたいと思っています。平成31年度インキュベーション施設運営計画認定事業について高田馬場創業支援センター施設長の田中健一朗さんにお話を伺いました。田中さん、お話をいただきまして、ありがとうございました。

(ご注意)
・募集要項と齟齬がある場合は募集要項を優先してください。
・本記事を見た上で採択されなかった場合でも責任は取れませんことを予めご了承ください。
・申請書類の作成は、申請者の責任において行ってください。

 


 

平成31年度の東京都インキュベーション施設運営計画認定事業について、田中健一朗さんにお話を伺いました。

40分弱のインタビューをさせていただきまして、平成31年度の東京都インキュベーション施設運営計画認定事業についてお話をお伺いしましたが、文字に起こしますと、約1万文字になりまして、前編・後編と分けて、記事にさせていただきました。

国や地方自治体のコワーキングスペースに関連する補助金や助成金の情報や、利用者に対する契約書や利用規約の雛形の提供などは、コワーキングスペースを運営する側の事業者の人しか興味関心が無いと思いますので、情報としてはニッチかもしれません。しかしながら、コワーキングスペースの運営側の人にとってはキャッチアップしておくべき情報となります。
今回のお話の東京都インキュベーション施設運営計画認定事業につきましても、総額で最大9,000万円の補助金というのは運営側にとって大変なインパクトだと思います。
田中さん、色々とお話いただきまして、ありがとうございました。

 

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特に、このような国や地方自治体のコワーキングスペースに関連する補助金や助成金の情報、利用者に対する契約書や利用規約の雛形の提供など、コワーキングスペース運営に関する情報提供も会員向けにしています。

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